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2008.09.03 Wednesday  | - | - | - | 

いちゃもんつけよう

今日はお役所と一緒にものを作っている方といろいろなお話をした。
私は普段、直接日本の役所とやり取りをして物を作ったことがないが、どうして市民にすぐ役立つ、または使いやすい、または欲しい公共物ができにくいのか
よくわかった気がした。
人件費が多い理由、決断まで時間がかかる理由、責任のがれができやすい理由も
わかった気がする。
私の解釈からすると、よく言う縦割りの行政体勢に一番問題がある気がした。

縦割りになっているから、お金もばらばら、情報もばらばら、頻繁な配置転換で責任も追及できず、おおよそ何かを作り上げるのに適した仕事のやり方とは思えない。

せめて彼らが出向でもなんでもして、普通の企業がどういうやり方をしているのか学んでくれたら、どれだけ自分たちが非効率的な仕事の仕方をしているかわかるだろう。もし、その非効率な働き方により、自分の仕事時間も増やしているのならとても不幸なことだと思う。

ヘルシンキの郊外の小さな町全体の都市計画に関わったことがあるが、その時感じたのはミーティング一つとっても効率的であったこと。
私が担当したのはそのエリアの照明の全体計画であったが、照明の会議には必ずエリアの都市計画全体を見ている人が参加し、回ごとの内容によって、関わる技術者だの、町の代表の人だの、環境デザイナーだのが呼ばれる。
基本的に内容のわかっている担当者がミーティングに参加するが、重要な会議ではトップも出てくる。議事録は毎回取られて全員にメールで配布され、個々に何か必要であれば、メール交換がなされる。
とにかく余計な人は集まらないし、大事なのはいつも全体を見ている人がその場にいること。

日本でも企業では当たり前のことが、行政においてはそうでもないらしい。

われわれ一般人が、その非効率な構造の行政機関に、欲しいものを作ってもらうにはどうしたらいいのかなあ、、。
やっぱり、外野でブーたれているのではなく、直接役所に電話だのメールだのして早くやれー、ここはこうしろー、っていちゃもんつけることしかないだろう。
だって、直接文句が出れば変えているし、一応公僕だから直接話が来たのに対処しなかったら後で問題ですものね、。

選挙に行く。いちゃもんを役所に直接言う。

これが無力な私たちが、ささやかな幸せを手に入れるためにできる唯一のこと
なのかなあ、、、。って思ったのですが他にありますかね??

今日のゼロ:お便器に座っておしっこしながら、「ゼロ君は保育園で”ぐちゃぐちゃ”ご飯食べてるんだ−!」ってにこにこしながら言っている。なぜこの場で、なぜその言葉が?




2006.04.27 Thursday 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | 社会の子育てバックアップ | 

桜と新幹線

この間の週末はお茶のお稽古にかこつけて、坊主と実家に帰っていた。東京はどこもかしこもソメイヨシノまっさかりであった。ソメイヨシノだけでなく枝垂桜もしだれ八重桜も満開。土曜の昼の小金井公園も日曜の夜の靖国神社も、ものすごい人出だった。でもさくらって本当にきれい、、、。あの淡いピンクのもやもやとしたかたまりが街の中にちょっと現れただけで、自然とわくわくどきどきしてしまう。あー、日本って本当にすてき!
お茶の先生もがんばってたくさんのお道具や赤い唐傘を外に出してくださったので、隣のうちの桜を借景にして素敵な立礼のお茶席もすることができた。桜の小枝をお点前の机にあしらって、外でいただくお茶はまた格別においしい!
こうやって、その季節季節の自然をめでてついでにお茶だのお酒を飲んで楽しむなんて、日本人は本当に高尚な人種だとつくづくと思ってしまった。昔はこれにプラスして俳句やうたを読んだり、演奏までしたわけでしょ。しかも美しいお料理だのお菓子だのもプラスして。
あの人出にはちょっと閉口してしまうが、たくさん人が来ようが混みようがやっぱり桜の元にそれーと出てくる日本人のパワーはすごいと思う。
そして、楽しい週末の帰り。坊主と二人で混んだ新幹線に乗り込んだ。坊主が騒がないように、いつもは買わないようなボウケンジャーだのウルトラマンだのふろくのいっぱいついた子供雑誌のお陰でまわりにあまり迷惑をかけずに済んだつもりの最後。旅の疲れで私も坊主も眠り込んだ。駅についてまだ眠い坊主を起こすと案の定”だっこだっこ攻撃”がはじまった。「あーまいったなー。」と思っていたら、隣に一人で座っていたキャリアウーマン風のご婦人が、「荷物持ちますよー。」と、重たいスーツケースを持って階段すいすい改札口のところまで持って行ってくださった。「私も子供がこんなふうだったのを思い出して、、。」と、さらりと助けてくれた。かっこいい!この親切に恐縮しつつも、本当に助かった私は、日本全体の社会の遅れをこういう優しいみんなの行為で補って今の日本はあるのなだあと思った。
日本の場合そのみんなの優しさに甘えすぎて、いろいろなことがなかなか良くならない気配はあるが、優しく勇気のある行動がなくなってしまわないようにみんなで努力しなくちゃいけないのかなあ、、と思った1日だった。

ヘルシンキの場合、ベビーカーの乗り降りを助けても、おかあさんからありがとうって言ってもらえないことも多々ある。多分根底には「助けるのが当たり前」という思想があるのだろうが、あんまり気分はよくない。今度フィンランド人にどうしてか聞いてみよう。

今日のゼロ:いとこが4歳の誕生日が来てから一人でベッドで寝ていることを聞いて、「今日は一人で寝る」といいはる。結局は私に隣に寝そべってもらって、ただ顔だけ私と反対方向に向けて寝ただけだった。しかも、ママはずっとこっちを向いていろと指図する。でも、またひとつ大人に近づいた。
2006.04.04 Tuesday 11:40 | comments(0) | trackbacks(1) | 社会の子育てバックアップ | 
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