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2008.09.03 Wednesday  | - | - | - | 

ねむり学校

ここ数日また坊主が39度以上の熱を出して、夜泣き叫んだりしていた。

眠くて朦朧としている中、ギャーギャー泣かれて起こされて、何をしても効かないのを久しぶりに体験して、あーそういえば赤ちゃんの時は毎日だったなあ、と思い出した。

夜中に1回も起こされないで毎日眠れるようになったのは、日本に帰ってきてからだから坊主が3歳近くになってからだ。
今はまだ、泣き叫びながら何か単語を発したりすることもあるので、何となくどうしたらいいか察しがついたり、相手が言葉もわかっていると知っているので言葉であやしてみたりできる。赤ん坊の時はわけがわからないし、立ってだっこしても何言ってもだめだったりしたしなあ、、。
どうにもならなくて、ラッコのようにお腹の上に乗せて寝ていた日々もそういえばあった。

フィンランドで勤めていていた時は、結構周りが心配してくれて、”今日は何回起きたか”なんていう質問を毎日された。私より半年あとに女の子を産んだ同僚は、夜1回しか起きないし、いいときは朝までぐっすり、なんて話を聞かされて、どうして坊主はあんなにショッチュウ起きて泣きまくるんだと悲しくなっていたものだった。

そんなときに、同僚が坊主を”ねむり学校”に連れて行けという。えーなにそれ、ねむるための学校?と、興味はあったものの、当時は毎日の生活に追われて結局いけずじまいで終わってしまった。

どうやら赤ん坊が夜鳴きをして頻繁に起きるのは眠りのリズムによるものだということで、病院に連れていって、一晩だの何晩かだの両親なしで看護婦さんに預けてそれを調整するものらしい。ちょっと前に結構はやっていたという話は聞いたが、私の友人の子供たちはみんな夜もよく寝るいいこちゃんばかりだったので、実際に使った人の話は聞いていない。

日本だったら、そんなもの我慢して母親が面倒見ろといわれそうなところを、ちゃんと両親お助け制度としてあるところが共働き当たり前のフィンランドらしいなあと思ったものだ。
もしかして日本もあったりして、と思ってインターネットで”睡眠学校”で検索してみたら、みんな大人のためか、小学生以上のものだった。

うーん、赤ちゃんの睡眠学校で起業したら、過酷な毎日を強いられている日本のおかあさんたちの役に立てるかも!!
2006.07.22 Saturday 10:35 | comments(2) | trackbacks(1) | しつけ | 

テレビなし

ここのところ、保育園から帰って来てすぐにテレビをつけないで生活している。結構、寝るまでテレビなしで過ごせる。

保育園の迎えの時間まで、全く食事の仕度をできなかった日は特に、二人で帰って来てすぐにテレビに子守をしてもらって、そのすきに仕度というパターンを4月からずっと続けていた。あまり意識していなかったが、きっとつけていたのは私だろう。

自分の興味のあるテレビがついていれば、坊主はおとなしく座って見ている。ときどき、”みてー!”だの”〜が今、こうしてこうなったの”だの叫んでいる。こういう会話のやりとりさえあれば、子供にテレビを見せてもいい、と、何かの教育書で読んで、なんとなく自分の中でいいことにしてきた。

でも、テレビなんかなくても実は坊主は楽しい時間を過ごせる人だった、。
今日はちょっとやつが一人で何をしているのか観察してみた。
まずは帰って来て靴脱がせろ攻撃。そのあと手洗いしてその辺にころがっていた自分の絵本を朗読。最近、ひらがなを練習するのが面白くて、とにかく棒読みで音読。カタカナ等わからない文字が出てくると叫んで呼ぶ。
そのあとは、一人ウルトラマン怪獣ごっこ。よく一人で物語りだの新しい怪獣などが考えられるものだ。とにかくせりふつきでずーっとやっている。
何かちょっといいにおいがすると、台所に見せてーとやってくる。おつまみなんかもしてみたりする。今頃もう遅いが、メニューのリクエストをしたり。
ごはんができると、結構すぐに食卓にやってくる。食べる量はいつもとかわらずちょっとで、また遊びに戻る。
その後も、ウルトラマンだの怪獣だののおもちゃを出してきて車とまぜて町にしてみたり、プラスティックの色チップでいろいろなものを作ってみたり、私は呼ばれてときどきのぞきに行っただけで、お風呂に入って寝るまで、あまり必要とされなかった。

たまに、”テレビでも見ようかー”なんていうことを言い出す日もあるが、自分の大好きな借り物のDVDでもない限り、ほとんどそんなことは言わない。

テレビがついてないと、食卓につかせるのもスムーズだし、食べるときにテレビ消す消さないのけんかもしなくていいし、なんといっても、彼には必要のないものだったのだ。

私の知り合いで、子供が生まれたときから小学生になる今までテレビを全く見せたことのない人がいる。いったいどうやってやっていかれるのかと思っていたが、子守のつもりで勝手につけていたのは自分で、子供はそんなものがなくてもいくらでも自分で遊びを作れるのだ。

日本人は世界中で見てもテレビを見る時間が非常に長いようだが、その中で積極的に見ている時間はどれだけあるのか??フィンランドみたいに昼間に番組がやっていないというところもある。つけたらやっているから、なんとなく見るという行為を習慣化してきてしまったが、子供のためにも見たい番組を積極的に見る、あとは消す、ということを今更ながら気をつけていきたい。

みんなでやったら、地球温暖化防止のおまけもついてくるかもね。

今日のゼロ:今日からプールがはじまった。今日は足首ぐらいしか入らなかったようだが、ボールをおたまじゃくしで拾うゲームをしたらしい。さすが保育園の先生はプロ!危なくなくても楽しい遊び方を知っていると関心した。

2006.06.22 Thursday 04:33 | comments(0) | trackbacks(1) | しつけ | 

生き返り

何かのテレビを皆で見ていて、誰かが死んでしまうシーンがあった。
あーかわいそうだねえ、といったとたん、息子が
「あのー、でもー、大丈夫。またおきてー、いきかえるんだ。ハヤタもー、おきたよ。」と一言。

それを聞いてみんな少なからずショックを受けた。
普段からアリを踏もうとしたりしたときに、そんなことしたらアリさん死んじゃうよ。死んだらもう二度とお母さんに会えないんだよ、などと言って説明してきたつもりだが、やつはわかっていなかった!

そのときは納得したかもしれないが、テレビでビジュアルでウルトラマンだの怪獣だのが再び死から蘇ったりするのを見て、自分なりの新たな見解を持っているらしい。
テレビで蘇りのシーンに気がついたときは、これはテレビなんだよ、わかる?とはいちいち聞いているが、そんなものはあまり効果はなかったようだ。

これから新たにどう教育するか、もう一度考え直さねばと思った。
2006.05.31 Wednesday 05:07 | comments(0) | trackbacks(0) | しつけ | 

おてあらい

幼児生活団から届いた今月の”はげみ表”のテーマは”お手洗ひとりはいり”。
お手洗いに行くたびに、ポストに絵のついた札をいれ、一日の終りにポストを開けて、その絵によって一人で行けたか、誰かについてきてもらったか、ちゃんと手を洗えたかを確認する。

ゼロはまだそのはげみ表を始めてなく、いまのところトイレへは毎回私か連れ合いがついていっている。パンツはきの”はげみ表”もあるのに、なかなか自分でズボンをぬいだりはいたりせず、早く脱がして!とさわぐ。

保育園ではお手洗いに行きたくなったら自分でさっさと脱いでお便器に走っているようだから、うちでは相当甘えている。

思えば、このお手洗いに一人で行くこと、イコール、人間の自立を指すのかもしれない。
年をとって、自分ひとりで生活していけるかも、自分で介護なしで用を足せるかにかかっている。

フィンランドで知り合った友人は、生まれたときから24時間の介護が必要だが、
それは結局、用をたすのに人手が必要だということを意味する。
それまで周りに介護が必要な同年代の友達がいなかったので、彼女の抱えるいろいろな苦労は彼女と実際行動を共にするまで想像できなかった。

彼女は”口からうんちができるように手術してください”というタイトルの本を書いていたが、まさに彼女が一日の行動のうち一番神経を使うのが、このお手洗いに行くという行為だった。

お手洗いにしょっちゅう行くのがいやなので、飲み物も相当考えながら取っている。外出するときは、車椅子が入れるトイレがあるかどうかを必ず確認してからでかける。また、その時にお手洗いで手伝ってくれるだけ気心が知れている人が必ず必要だ。そういう人を確保する準備も大変だ。

用を足したくなった時に人に黙ってさっと行けるということは、実は人間の生活のなかでは実に大事なことだと彼女の苦労を見て初めて気づいた。
普段なにげなくしている”トイレにいくこと”は、食べることと同様、本当に大事で、生活の要ともいえる行為だったのだ。

ゼロのお手洗いについて行って、大きなお便器にちょこんと座ってあごをちょっと上げてうーんうーんまじめな顔で頑張っている彼を見ていると、いつまでこうやってかわいい姿を見られるのかなあ、と思うけれど、”一人で行く!”と言い出したときは自立の第一歩として喜ばなくちゃいけないんだなあ、、と思った。

今日のゼロ:保育園の帰り道、自転車の後ろから”ままー。この道は誰が作ったの?この白い線は誰が書いたの?”という質問が飛んできた。えー、これは国道かなあ、県道かなあ、、。国道だったら道路公団の人がつくったのかなあ、、。そうか道路公団はなくなったんだっけ、えーとえーと、と考えているうちに、”そうか、きっとおじさんがかいたんだね。”と自分の質問に自分で答える。そろそろ親の教養が試されるどきっとする質問が増えてくるのか、、。
即答できなかったら子供が喜ぶ”粋な答え”をさっと考える力を養わねば、と思ってしまった。
2006.05.23 Tuesday 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | しつけ | 

うちのしごと

昨日は久しぶりに体調を壊してほとんど一日寝ていた。
熱はないのだが、お腹はめちゃくちゃだし頭も胃も痛い。
もしかして坊主の嘔吐下痢熱がうつったかも、、。
外はピーカンのよいお天気だし、桜もまだまだ見ごろなのに、悔しい。

具合の悪いことを良いことに、昨日はほとんど家事を何もしなかった。
台所にはどんどん汚れ物はたまっていくし、坊主は本読んでー!遊んでー!って騒いでいるし、どうしようかなあ、と思いつつ
幸い休日でだんながうちにいる。彼がどうするか見ていよう、と
布団に入ったまま知らんぷりしていた。

思えばフィンランドでは私が外に出て稼ぎ頭をやり、彼が自宅で
自分の仕事をしていたときは、もっといろいろな家事をやってくれていた。
洗濯、掃除はだいたいやってもらえたし、坊主の保育園への送り迎えも
だいたい彼がしていた。
帰って来て立場が逆転してからは、家事はほとんどすべて私の仕事になってしまった。
それってやっぱり収入によって家事分担がかわっているっていうこと、、!?
でもフィンランドにいたときはご飯は私が帰ってから作っていたし、片付けもしていた。こっちに帰って来ても、彼がもっとやってくれたっていいのに!
ともおもったが、冷静に考えるとうちに帰ってくる時間が違う。

フィンランドで私がうちに帰れた時間は、終業5時で5時30分、
今のだんなは早くて6時まで仕事で普通は8時、9時。
やっぱり疲れるわよねー。

どうして日本では仕事が早く終われないんだろう。
早く終われば日本中の奥さんも幸せになる。

とにかく昨日は旦那も見かねて、お洗いだの子供を公園に連れて行くだのをしてくれた。
たまにこういう日をつくらないと、知らず知らずにすべて私の役目になってしまいそうだ。もしくは、うまい文句でも考えて、
彼が家事をやりたくなるように仕向ける必要がありそうだ。
そういうテクニックは、性格上結構苦手かも、、、。

今日のゼロ:かぜは全快、公園で暴れまくって帰ってきた。最近ひらがなにとても興味がある。本を見て文字をなぞりながら、小さい声で練習していたりしてちょっとかわいい。



2006.04.30 Sunday 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | しつけ | 
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